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2012-01-16

「体温高過ぎ」 三五郎&凛瑚編

夕方の天気予報によると、東京(千代田区大手町)の今日の最高気温は5.6度。
この冬、最も低い最高気温だったそうです。








節電のためエアコンの設定温度は17度、
部屋を出入りする猫のために扉を細く開けているので、
常に廊下からの冷たい空気がスースーと吹き込んでくる我が家の居間。

どんなに着込んでも背中はゾクゾクするし、靴下は2枚履き。
毛糸の手袋をしていないと指先が冷え切ってしまいます。

他の猫が丸くなって寝ている中で、
サンゴこと刈谷ノ三五郎愛助(6ヶ月、オス、黒)は腹むき出しで爆睡しています。








リンゴこと小幡凛瑚(6ヶ月、メス、サビ)は
胸と腹をサンゴにぴったりつけてぬくもっていましたが、
サンゴの前足が身体に食い込んできたので、起き上がってしまいました。








普通なら、夏にしか見られない寝姿です。








寒さに勝てず、リンゴは元の姿勢に戻ってしまいました。







<本日のオマケ>


今日、1月16日は吉良仁吉(きらのにきち)親分(享年17歳9ヶ月、オス、アカトラ)の
1周忌です。

気配に敏感なリンゴとハナ君(17歳、ニューハーフ、雉白)は
ここ数日、突然何もない空間を見つめて鳴くことが増えています。

オトさんには見えないモノが見えるアケちゃん(嫁)も、
仁吉親分が我が家に戻って来ていることを感じ取っています。



アケちゃん(嫁)は真顔で、亡くなった人の姿が見えると主張します。
たいていはその場にじっと立っているかうずくまっているそうです。
最近、オトさんも出かけた先で妙に居心地が悪い場所があることに
気づくようになってきました。クリックいただけると励みになります。

2011-02-16

「還ってきた」 ハナ編

今日の東京はお天気もよく、おだやかな一日でした。








夜になっても、この時期にしては比較的暖かいのに
甘えん坊将軍ハナ(16歳、ニューハーフ、雉白)が
アケちゃん(嫁)の膝の上でふるえています。








今日は吉良仁吉(きらのにきち)親分(享年17歳、2011年1月16日没、オス、アカトラ)の
月命日でした。







<本日のおまけ>


在りし日の仁吉親分(左、2008年4月28日撮影)。
当時はまだ外猫でした。



猫には人の見えないものが見える、というのは猫を飼う人の共通
認識です。アケちゃん(嫁)は、我家の猫以上にいろんなものが
見えるようで、とっくに仁吉親分に気づいていました。甘えん坊の
上にビビリのハナ君にクリックをいただけると嬉しゅうございます。

2011-01-17

仁吉親分(幼名アカ)若かりし頃

今日の投稿は、
昨日の朝に他界した吉良仁吉(きらのにきち)親分
(享年17歳9ヶ月、オス、アカトラ、幼名アカ)を偲び、
生前の画像をお届けします。







2006.12.26.母屋ベランダにてシッポ(由五郎)、メメ(桃太郎)とエサを待つ
2008年11月、3頭残った外猫を家に上げ、完全室内飼いにしました。

1992年以来、顔ぶれを入れ替えながら、
最大で10頭ほどが棲みついていた外猫たちは、
2000年を過ぎると少しずつ数が減っていきました。

1993年から99年まで、毎年春になるとポコポコ子猫を産んでいた
初代外猫オマルとその長女コマルが相次いで我が家から姿を消し、
子猫が増えなくなったためです。

この画像を撮った2006年頃には、毎日エサをねだりに来るのはすでに
シッポ(由五郎)、メメ(桃太郎)、アカ(仁吉親分)の3頭だけになっていました。







2006.1.14.隣の社員寮物置屋根で昼寝するシッポ(由五郎)とアカ(仁吉)
外猫たちの行動半径は、我が家を中心に約100メートル程度のようでした。
我が家以外でもエサをもらっていたようです。

お向かいのアパートのベランダやお隣の社員寮に
エサ皿が置いてあるのを見かけたものです。







2005.1.08.居間の掃き出し窓にて
毎朝7時頃と夕方5時頃になると、
どこからともなく3頭が揃い、
エサをもらえるまで辛抱強く待っていました。







2000.3.25 アカ(仁吉)6歳11ヶ月頃
かなり記憶が曖昧ですが、
この頃はまだ5、6頭がエサをもらいに来ていたと思います。

我が家に来るのは、
すべて初代オマルかその長女コマルが産んだ猫でした。

時折、どこかの飼い猫(捨て猫?)が庭にやって来て
一緒に食べることもありました。
どういう基準で選別していたのかわかりませんが、
アカ(仁吉)が体を張って追い払ってしまう猫もいました。

ところで、
この画像の頃を境に、我が家の近所で猫を見かけることが
少なくなり始めたような気がします。

それまでは当然のように飼い猫を外へ出していたのが
完全室内飼いに移行し始めていたのでしょう。

駅までの道すがら、
坂下のアパートの階段の黒猫親子、
1ブロック先の歯医者の駐車場にいた三毛猫、
高圧線の下でよく昼寝していたアカトラ、など、
馴染みの猫たちの姿を徐々に見かけなくなっていきました。







時期不明(1994年頃?)
まだ顔に幼さが残っているので、1歳になっていないかもしれません。

アカ(仁吉)は確か3頭で生まれてきたと記憶していますが、
1頭はすぐに死に、もう1頭も2歳まで生きず、
一緒に生まれた兄弟の中では唯一長生きした猫です。







時期不明(1993年初夏?)コマル(母猫;中央)、コハナ(弟;左)とミルクを飲む
この頃はまだ頭数も少なく(とは言っても6頭)、
猫にかかる費用もピーク時に比べればそれほどではありませんでした。

とはいえ、3週間に一度ホームセンターに車で買い出しに出かけ、
猫缶を箱買いするのが習慣になっていました。

子猫たちが生後10ヶ月を過ぎると、つかまえては不妊・去勢させていたので、
その費用も馬鹿になりませんでした。







2003.4.生後3週目頃
コマルが1歳になるかならないかで初めて産んだ子が
アカ(仁吉)とコハナでした。

初代外猫オマルは人の目の届かない縁の下で子猫を産み、
乳離れした頃に1頭ずつくわえて顔見せにきたものでしたが、
オマルの長女コマルは、毎年わたしたちが出産用に用意した
段ボールの中で産んでいました。







1993.4.生後3週目頃
2階のベランダの段ボールハウスで生まれた
アカ(仁吉)とコハナは、自力で地面に下りられるようになるまでは
ベランダと軒だけが世界のすべてでした。







1993.4生後3週~4週頃
自分で段ボールハウスの上によじ登れるようになった頃です。
まだ母猫コマルの目の届く範囲から離れませんでした。
いつも2頭一緒でコロコロじゃれ合っていたかと思うと、
いつの間にかコマルの懐に潜り込んで寝ていました。







1993.4.生後3週~4週頃
この頃は、何をするのもどこへ行くのもコハナと一緒。
この画像は確か、段ボールハウスのあったベランダの端から反対側の端まで、
初めて遠出をしたときのものです。







1993.4.生後3週目頃、コマル(母猫)と
母猫のコマルは初めてとは思えないほど愛情豊かに子育てをしていて、
誰かから教わったわけでもないのに、
とアケちゃん(嫁)と二人で感動していたのをよく覚えています。

コマル自身は人に対する警戒心を強く持っていましたが、
アカたちを産んだその日からわたしたちに子猫を見られても平気でした。

コマルの母オマルが、子猫が自分で歩けるようになるまで
決して人の目に触れさせないようにしていたのとは対照的でした。



我が家のカメラのデジタル化は1999年です。それ以前の画像はプリ
ントをスキャンしました。当時は、一眼レフでペットの写真ばかり撮って
いると変な目で見られたものですが、今やペットのブログや写真集が
当たり前になり、20年で世の中が随分変わったと思い知らされます。

2011-01-16

「吉良仁吉親分逝く」

元外猫、2008年11月より我が家の内猫になった
吉良仁吉(きらのにきち)親分(17歳9ヶ月、オス、アカトラ、幼名;アカ)が
本日早朝永眠しました。








昨晩まではいつもと変わらぬ様子でアケちゃん(嫁)の足下で丸くなって寝ていましたが、
今朝そのまま冷たくなっていました。








昨年1月31日の大御台所(おおみだいどころ)アハメッタの葬儀をした
深大寺動物霊園に連絡し、
本日午後6時半からの立会い火葬にて荼毘に付しました。








おととし頃から右目が見えなくなっていたようで、
去年の夏頃からは左目の視力も失った様子で、
明暗だけ判別できているようでした。

秋頃からは耳もあまり聞こえていないようで、
大声で呼んでも耳を向けなくなりました。

トイレに行く時も体をあちこちにぶつけながら
記憶を頼りに移動しているように見えました。







2008年4月11日 仁吉親分(アカ)15歳、由五郎(シッポ)11歳、
大御台所アハメッタさま16歳(括弧内の名前と年齢は当時)
若い時に喧嘩で傷つけたアゴの噛み合わせが悪く、
歳とともにエサを食べるたびに苦しそうに口を大きく開けるようになっていました。

そんな状態になっても人を寄せ付けず、
捕まえようとすると激しく抵抗するので、
動物病院に連れて行くのはあきらめていました。







2007年3月2日 母屋のベランダにて 仁吉親分(アカ)14歳と桃太郎(メメ)9歳
1992年に我が家の縁の下に棲みついたノラ猫(オマルと命名)がコマルを産み、
翌年コマルが仁吉親分(アカ)を産みました。

この2頭のメス猫は警戒心が強く、決して捕まらなかったので不妊手術ができず、
その後1999年までに2頭合わせて少なくとも25頭の子猫を産みました。







時期不明(1999年頃?)左端が仁吉親分(アカ)
オマルとコマルが産んだ子たちはすべて不妊・去勢をし、
できる限り里子に出しましたが、
我が家の庭には多い時で10頭近くがエサをねだりに来ていました。







時期不明(1995年4月頃?)左から仁吉親分(アカ)、オマル(仁吉の祖母猫)、
タンゴ(オマルの子、生後3週目あたり)
そんな中、オスとしては最年長だった仁吉親分(アカ)は
2歳の頃から母猫や祖母猫が産んだ子猫たちの遊び相手になったり、
一族以外の猫がやってくると追い払ったりと、
ボス猫の風格を身につけて、若猫たちから慕われ続けてきました。

穏やかな性格でしたが、敵と見た相手には決して後ろを見せず、
そのぶん怪我も多かったのですが、
わたしたちに助けを求めることはありませんでした。

明日は仁吉親分の若い頃の画像を投稿します。



『ゲゲゲの女房』ブームもあって、休日ともなると多くの人で賑わう
深大寺ですが、日が暮れるとそば屋も明かりを消し、ひっそりと
していました。思えば、初代皇帝フィニ、大御台所アハメッタも
1月に亡くなっています。

2011-01-11

「かっこつける奴」 由五郎編

東京はこの冬いちばんの冷え込みだったそうです。








午後3時を過ぎると、お日さまがお隣の屋根に隠れてしまうので
日当たりのいい2階も日がかげってしまいます。

窓際で3頭の猫が固まっている中、
ゴロタこと中畑の由五郎(13歳、オス、雉白)1頭だけ
離れて寝ていました。

「ゴロタ、みんなと一緒に寝ないの?」








「いつも仁吉親分と桃太郎とキミの3頭で
丸まってるじゃない」








「でも、今日はいつもより冷えるよ」








だそうです。



仁吉親分、モモタ、ゴロタの3頭には、10年以上外猫として一緒に
生き抜いてきた強い絆があります。当時仁吉親分にべったりだった
のはゴロタでしたが、いまはモモタがくっつき虫になっています。
ええかっこしいのゴロタにクリックをいただけると励みになります。

2011-01-02

「留守を頼んだぜ」 オールスターズ

正月2日は毎年アケちゃん(嫁)の実家に里帰りして1泊します。








正確に言うとギャオ(14歳、メス、キジトラ)の姿がありませんが、
彼女はオトさんのことが大っ嫌いなので
寝室の入口にオトさんの姿を見かけた途端に
逃げて行ってしまいました。








「はい、吉良一家のみなさんがつつがなく暮らしていることを
確かにお伝えしてきます」
と、吉良仁吉(きらのにきち)親分(17歳、オス、アカトラ)には
つい敬語を使ってしまいます。








「キミの場合は食事と水だけが心配事のはずだけど、
ねぇ、モモタ(伏見の桃太郎(13歳、オス、アカシロ))」








ゴロタこと中畑の由五郎(13歳、オス、雉白)には、
オトさんたちの外出はまったくの他人事のようです。








とゴロタの真似をしてすごむハナ(16歳、ニューハーフ、雉白)です。

2日分のエサと水を用意して、明日の夕方まで出かけてきます。



お年賀の菓子を買ったりガソリンを入れたりしてから向かうので、
高速に乗るのがいつも昼近くになってしまいます。毎年のこととはいえ、
今年は日並びの関係で上り下りとも渋滞のピークに突っ込んでいく
ことになりそうです。

2011-01-01

「あけましておめでとうございます」 元外猫トリオ編

みなさま、明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。








我が家の猫たちは、おとなしくポーズをとってくれるような
殊勝な心を持ち合わせているはずもなく、
仕方ないのでオトさんが猫たちを追いかけ回して
お供え餅をそばに置いてカメラを向けます。








名前を呼んだり舌を鳴らして気をひこうとしても
ゴロタこと中畑の由五郎(13歳、オス、雉白)はちっともレンズを見てくれません。








警戒心の強い吉良仁吉(きらのにきち)親分(17歳、オス、アカトラ)の場合は、
そーっと忍び寄ってそばにお供え餅を置くのが精一杯です。








アケちゃん(嫁)の布団に潜り込んでいた
モモタこと伏見の桃太郎(13歳、オス、アカシロ)は、
無理やり引っぱり出してゴロタの脇に寝転んだところを狙いました。

そして、
先住内猫のハナ(16歳、ニューハーフ、雉白)とギャオ(15歳、メス、キジトラ)の
2頭は、オトさんが近づいただけで逃げてしまうので
写真なしです。

こんな我が家の猫たちともども、
今年も当ブログとよろしくおつきあい下さいますよう
よろしくお願いします。



昨晩からの大雪で列車や車に閉じ込められた方々、停電やら
その他被害に遭われた方々、心よりお見舞い申し上げます。
奇妙な新年の迎え方だった・・・と、将来笑って思い出話ができる
ようお祈りしています。

2010-12-30

「障子をはずしました」 由五郎&桃太郎編

気がつけば今年もあと2日。
大掃除も峠を越えましたが、なんだか気ぜわしいくてイライラします。








半分やり残していたガラス磨きを午前中に終え、
午後から家中の障子をはずして障子紙をはがし、桟をきれいに拭きました。
今夜一晩干して、明日新しい障子紙を張ります。

外から丸見えですが、暗くなったら雨戸をたてます。








外の景色を眺めるのが大好きなゴロタこと中畑の由五郎(13歳、オス、雉白)。
今日も庭先警備に余念がありません。








日が暮れて布団を敷いたらこのとおり。
元外猫トリオが久々にひとかたまりになっていました。








なんて言ってましたが、
オトさんが寝ようと布団に入ったら、隣に潜り込んできました。



去年の大晦日はまだアハメッタさまがご存命でした。
毎年障子を張っているそばから上に乗って作業を邪魔していた
のがなつかしく思い出されます。今年は邪魔する猫がいないので
明日の作業はきっとはかどることでしょう。